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心理学

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2004年10月

心理学との出会い

喘息が100万に一人と当時言われた移動性盲腸の手術後、
ばったりと発作が起きなくなり。元気になれた、と喜んでました
しかし、毎晩夢を見るのが気になってました。
オールカラーで宇宙空間にただよってたり、
どこかわからない花畑にたたずんでいたり・・・

図書室で出会ったのが夢分析、夢占い。
毎日、昨日見た夢は??と本まで買い込み
てらしあわせていました。そして、次ぎに
「フロイト」という本を。何でもエディプスコンプレックス・・??
違うのではないか??
次ぎに「ユング」を。ああ、ユングはいい。16歳の時に
出会った本です。高3になり、はっきりと早稲田の心理学部へ
入りたい・・と。希望をかかげ、すっかり元気になり、るんるんの高校生活。
しかし・・夏休みに原因がよくからないめまいが・・

自律神経失調症??とか、思春期とか言われ、
何も治療をされぬまま、1ヶ月近く寝てました。
すがりついたのが・・母親がやっている宗教。よくなりたいと。

そして、大学受験を希望すると・・
父親の重い一言が、「女は4年生なんて行く必要はない、
短大でもいって見合いして結婚しろ!!」
子供の頃から、もらわれっこのように感じていた、私には
父親の言葉に逆らえない。受験はあきらめ、でも、働いて
お金ためて、いつか必ず、大学へいくぞ・・と決めてました。

自殺出来なくても喘息で死に??

前回の続きです・・果たして、10歳の私が手首を
うまく切れたかというと、失敗しました。手首をたてて、
血管を切ってません。おまけによく切れない工作ばさみです・・・
切っても痛みを感じないくらい、頭に死ぬ事しか考えてなかった。

そうこうしてるうちに、夕食となり、いつものように食事を・・

ところが、突然、なんか身動きがとれなくなって、なんとなく、自分のなかでこのままいったら
まずいんじゃないかって予感がします・・
「こんなになっても何もしてくれないのか」と、顔をのぞき込んだ母の
することをじっと目の前の丸いようなビジョンみたいなものをじっと見てるのです。
やがて、「お嬢さんがしんじゃいます」という会社の人の声が
聞こえ・・昔の黒電話にあわててダイヤルする母が。
全く身動き出来ないのに、目の前に見える感じなんです。

救急車の到着も見えたし、酸素マスクが上からゆっくりおりてきて・・
「はぁ~やっと息が吸えたっ」・・今まで息していないんです。気がつかなかった。

母のいうには、唇がチアノーゼで紫色、顔面真っ青、目は白目になって
手がダランとなって、・・いつもの意識を失うにしては変だなぁ~と顔を見てた
・・だそうで。(--;)うーん。これは臨死体験かな。(^^;)
救急車の到着まですごく長かったように思うのですが。

なにはともあれ、一命をとりとめ、30センチもあろうかという、太い注射で
気管支拡張剤がほどこされて、帰宅しました。・・
医者のいう、「お嬢さんは弱すぎる・・20歳までしか生きられない」という
言葉を耳に残して。のち、この言葉が元気になったあとの私を苦しめたのです。

過去の話2

さて・・祖父母が亡くなって古い母屋が3階建のビルになり、
1階が父の事務所と住まいなんでが、
ここで、はじめて、私を生んでくれた両親と同居です。
どうも他人みたいで、気を遣うんです。

親も弟たちは育ててきたので、親子のようですが、
私は違うようで、どうあつかったらいいやら・・みたいな。
疎外感と、他人の中で暮らすみたいないそうろうしてる
みたいな・・今でもまだ、「お母さん」とよべないんですが、
・・死ぬまでには1度くらい、母と認められるといいんですけど。

小1の夏休み、扁桃腺の手術したら、耳がほとんど聞こえなくなり、
小5で喘息の発作で、苦しむのですが、私はいつもの事だと、
一人で医者にいき・・あまりにも夜中に呼吸が苦しいので、母に
背中をさすってもらえるかと・・なでてる手がすぐばたんと
下に落ちてしまうんですよねぇ・・その手を持って再度背中に
もっていこうとするんですが、ダメで・・
昼間、仕事で疲れているんだなぁ・・・、この人に甘えられないわ・・
一人で漫画みて、夜一晩中夜明けまで、呼吸が楽になるのを
まってました。2週間も学校を休み、学級委員さんが千羽鶴と
クラスメイトの「早くよくなって下さい」とか書かれたわら半紙を
もって家にきました。めったに手伝いを言わない母が何故か
そのときは「玄関を掃除しなさい」と。タイミングの悪いこと。

こいつずる休み(?_?)・・と千羽鶴と手紙の束をにらみつけながら
渡すなり、学級委員はそそくさと帰っていき・・翌日、先生には怒られ。
帰り際には「つんぼ」と男の子から言われ・・翌日はほんとにずる休みを決行。
が・・親にばれると学校へ行けとうるさい母だったんで、
行くふりをして、地下室い目覚まし時計を持ってひそみ、
放課後の下校時刻に帰る。。母いない、帰ってくるなり、
「今日は保護者面談よ、なんで学校休んだの」もう詰問に、冷たい顔・・

母は世間体だけじゃん・・私のつらいのなんかわかってない、と
いっきに学校にも家にも私の居所なんてない、と・・部屋に入って鍵をかけ、
手首を工作ばさみでじょきじょきとやってしまいました。
ビルの屋上から飛び降りたくとも、フェンスが高くて、よじ登れなかったんです。
10歳でした。

そろそろ過去の話1

それは東京オリンピックの年でした。
自宅は東京は原宿にあり、代々木国立競技場もあったためか
上空に飛行機雲で5輪が・・・

5色の輪が空にうかんでました。

その後・・育ての祖父が亡くなりました。
記憶では大相撲の大鵬を応援していたテレビを見てる
後ろ姿しかありません。私と祖母の隣で夜に寝ている間に
息をひきとり・・。大往生というのでしょうか。

しかし、私の記憶は深夜お通夜の白い祭壇の前に
ぽつんと一人でいるんです。
母はそんなところに寝かせてないと言うんですけどねぇ・・。
そして、我ながら怖いのは、悲しくなかった。
小さい頃はまだ感情がとぼしかったのかもしれませんが。

まわりの大人達が大勢涙してるのです・・
私だけが泣いてない、かわいがってもらったはずなのに、
これはまずい・・と冷静なんです。
まわりと同じように涙をこぼさないと・・と泣きました。
なんという子供だったんでしょう・・。

祖母が半年後あとを追うように病気で亡くなりました。
それこそ、育ててもらったんです。私は両親をそれまでよく知りませんでした。
なのに、葬儀には泣いてる母という人を見ました。
おばーちゃんが泣かせた・・と今思えばつじつまのあわない事を思いました。
何故かおばーちゃんが母をいじめていたという気がしたんです。
葬儀はまた泣けませんでした。
5歳頃から毎日、10円をくれた、おばーちゃん。
私を入院する直前まで育ててくれた、母のような存在だったのに。

祖母は亡くなって、私の守護霊のような存在に。

税務署

開業の届けを税務署に~が
昨日はんこを忘れた。
・・・その場で書いて提出したかったのだが。

めんどうな提出書類がふえたような。

18年続くクリーニングの事業届けは保健所の管轄で、
税務署だけてはすまない。
規定の作業場、薬品だな、服の保管等に関してと
きびしく、提出した書類に基づいて保健所の監査が入る。
ちゃんと適応された通りに店がなってないと開業も出来ない。

カウンセラーは特に保健所でもない、どこか医療機関??でも
なく、精神神経科のよく懇意にしている先生に
カウンセリングルームで箱庭など、心理療法をはじめました。と
報告。何度も、大学出て、大学院へいって臨床心理士に
なった方がいいのでは??と言われたけど。
法政医大ご出身の街の開業医を長い事されているので、
色々私一人で行うのでご心配やら、なにやら。
先生のところには、カウンセラーも専用の部屋もなく、
跡継ぎの方は内科をはじめた。X線室が出来た。
専門は胃のようですけど、心療内科の看板がついた。。

イスがまだ来ない・・

開業準備をすすめてるんだけど、
なかなかなパイン製デスク。ネットで買って、
さらに、まぁまぁかな、これ・・な座椅子のよーなやつ。
これが到着がまだ。で・・看板がぁっ。

15日設置予定で・・・
中で仕事は出来るというものの、まだ
完璧ってわけじゃ。あとから、綾証書は買ったが
はんこがない、診察券・・ってどうする??

とか。こういうのは何処で作ってもらえるんだぁ??
白衣とか着るとあまりにも医者のようで、
でも普段着ではあんまりな気もする。
ドクターとは違うので、微妙なところ。(^^;)

箱庭セットがくる

今日は注文した箱庭簡易セットが到着します。

さっそく自分であれこれしてみたいけど・・
専用の台を買うとまたお金がかかるし、床に直接だと低すぎるかな。

簡易セットでは不足してるモノも多くて、
ミニチュアで何かないかといろいろ物色中。
ホビーなのか、なんのコーナーで探せばいいやら・・

どんな箱庭か公開したいけど、見る人が見たら、
私の心はこんななのね~とばればれだからねぇ。(^^;)
箱庭はひとつの心の投影というか、技法というか。

さまざまな投影法は他にもいろいろあるんですけどねぇ。
クライアントさんが、やって楽しいと感じるように
なってくれれば、箱庭も役にたつと、思います。

準備に・・

開業まであと、一週間をきり、
いまだ出来ない専用HPあせればあせるほど、
どう作っていいやら・・頭を悩ますばかり。

とりあえず、電話に加入しないと・・で、某TTより、ADSLつけて
12800円と破格な電話加入権が。
しかしこれはタウンページにのせてもらえるんだろうか??

クリーニング店開業の時はもう18年も昔で、79800円、
電話機もレンタルですか?買い取りですか?だった。
まだインターネットもなかった時代です。
電話がもっとも有効だった頃。
今や、メール、携帯、携帯のメール・・

通信手段もいろいろ。仕事以外では
個人のやりとりはメールばかり。面とむかうことはおろか・・
声もわからない、相手の状況におかまいなしに送れる。
便利だけど・・声の調子で、伝わってくる、感じというものがない。
顔見て、声をきいて・・・生の姿と接する事は
これからは重要になってくると思う。
そういうのが苦手な若者相手にむずかしい注文かもしれないけど。

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