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心理学

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2005年1月

欲深なもの

歳をとっていく・・どうしようもないんだけど、
でも、いつまでも若くいたい、きれいでいたい。

鏡を見る余裕もなく、必死に生きていた頃は
思わなかったこと。
もちろん、まだ二十歳になったばっかで
結婚したばっかで、共働きで、子供が次々と産まれ
希望で輝いてた頃は。

離婚しなかったら、銀婚式とか結婚何年目とか
数えたりとかお祝いしたりとか、そんな事もなく。
誕生日になっても、一日すぎても、
かわりのない日がすぎ、特別な料理も作らず。

今は毎日鏡を見て、しわが・・とか化粧など
ろくにする余裕のなかった過去に、
もう少し、自分に手をかければよかった、
顔くらいはちゃんとしとけばよかった、
いまさらだけど、いや、
今だから、おそいかもだがあきらめきれずに
手入れなぞする。

もっとも顔洗って、化粧水つけて、
UVケアして・・。相変わらずお化粧は苦手。
ほんとの顔をごまかしてるって気がするから。
でも、素顔じゃ外出出来ないって感じる。思う。
女性はみなそうなのかな??

きれいな人がやっぱりうらやましい。
それは努力してきれいなの?
自分にそれだけかけられる余裕があったの?

誕生によせて

野口悠紀雄先生の「天使の出現」を読み終えた。
「明日がない日」は必ず来る、重要なのは現在を生きること

と小さく帯に書かれてるので買ったんだけど。
最後に先生の記憶に東京大空襲の様子が
書かれていた。こどもは遊びの天才だ・・とも。
第二次世界大戦で東京が焼け野原になった・・というのは聞いていた。

祖父母も渋谷にいたし、父も原宿育ちだし。
10万人にもおよぶ死者、地震や最近おきた津波などの
天才でなく、戦争という人災で、これだけの人、
しかも、戦闘機に乗っているわけでもない、ごく普通の
一般市民が・・亡くなったんです。
生死をわけたのはほんの偶然の出来事と野口先生は
書かれている。

私が生まれたこの日に、親が戦争で生き延びてくれて
よかった、と思います。私という人間がこの世に存在するには
父と母がいなくてはならない。
自称霊感カウンセラー江原さんの「親を選んで生まれたのだ」
には納得しないけど。選べるのなら、普通の、血の通い合う
暖かい夫婦の元に生まれたかった。
親を選べないんだからしかたがない、
私が私であるためにこの環境が必要だったのだ、そう思っている。

強く生きていくために。
独りでも生きていけるように

お風邪なんてひいてませんか?

なんか鼻水が・・なんて言ってたら、
今年一番の風邪にどうやらなってしまったみたい。

早めの風邪薬もおそかったか、
のど、咳と続き・・あ~こじらしたか?
明日は誕生日だよん。
なんだかな・・医者行きかも。

うかれているうちに心はあったかいのに、
何故か体は冷えたんか、・・
ようはうつったのかな~(?_?)
彼から。(^^;)
それだけ、近くにいたということで
心はあったかいからゆるすって。

そういう問題じゃないか。
ちやんと風邪、直して、寒い冬、
お金のない、稼ぎ時じゃない
本業もがんばろうっ。
クリーニング屋さんにも皆さん、きてね。

心暖まるブログ、ケミストリーさんありがとう。
と今日は色々仕事しつつ読みまくりです。

今年のバレンタインデーは

くだらないと思われるかもですが、
バレンタインデーが今年はものすごく気になり・・

さんざんどうしようかと迷いに迷ってる。(^^;)
で、ヤ○ーに攻めのバレンタインとあるのに
気がついて・・女性編とか血液型別・・・とか。

(ーー;)・・やってみた。成功率90%とあったけど、
おちはパーソナルで相手を探す??になってて・・・(^^;)

義理チョコというのがやたらはやった頃もあり、
チョコレート屋の陰謀だとまで思って嫌ってたんだけどねぇ・・
旦那さんから手紙つきで女の子からのチョコをこっちによこすから。
手紙を読む私は複雑な心境でしたわ・・
さすがに単に義理だとは思えないわけで。
裏を返せばやましいとこもなんとも思ってないから渡せるのか??
私だけのを受け取ってほしかったし、そんなの見せずに
捨ててくれって・・言えなかった。言えない言葉をどれほど
飲み込んできたのかわかんない。
男と女は駆け引きなのか・・??

未だに別れた夫の陰を引きずってる気がする。
命かけて愛した人、この世でこの人だけが・・と思いこみ、
いざとなったら頼りたい、離婚後もなんか歳をとったら
もう一度やり直せるものならば・・となかなか断ち切れなかった。
でも、今年出会った人とはじめて一緒に生きていけたら
いいなと。全くタイプは違うので、なかなか相手が信じらない。
果たして、セントバレンタイン様、彼はチョコを受け取ってくれるかしら。

冬になると思い出す

笑える話しを一発くらいは。(^^;)

子供の頃から
父は酒を飲みまくり、浮気は男の甲斐性と
公言してはばからず、2号さんをつくり・・でしたが、
うちは夕飯には父の分がなくて当たり前という感覚で。

ある日いつものごとく今日も帰ってこないのだろう、
母に待ってないで、寝たら??といい。
朝になり、「お父さんが・・」
「なんかあった??」と私。
「犬小屋で寝てる・・」はあ??
酒に酔い、家を間違えたのか??

大の犬好きでしたが、朝まで犬小屋とは。
寒い冬に外で一晩・・犬が一緒で寒く感じなかったのか。
しっかし、家族じゃなくて、犬~??
子供たちの顔を見に家に入る前に犬~・・とあきれながらも、
父のしでかしたドジに笑ってました。

書きたい事

私は何を人に訴えたいんだろう
生と死のはざまを何度もさまよいながら
そのたびに死にたくない、と祈り
この世に戻ってこれた。

誰が私をこんなにしたのか、
誰が私をこのような体に作ったのか
誰のために
何のために
まだ生き続ける必要があるのか

とうに10歳で死んでいたはずなのに。
・・・・死ねば楽なのにと何度も思った

喘息で呼吸も満足に出来ない時に。
神経痛も勃発してこの歳で杖をつかないと歩けない時に。
子供の時の手術がもとで
人の声が満足に聞き取る事も出来ない、
補聴器を買ってもうまく使えない、
人より私は劣るのだ・・と思い知った時に。
私を愛してくれる人はやっぱりいないのだと感じる時に。

一人でも、私に「助けて」と「悩んで苦しい」と
いう人がいるから私は生きている

軽井沢へいき

お正月は家族(といっても子供だけ)を
忘れて独り旅がしたいと、中学の頃、写真部の
合宿でいった軽井沢へ。

といっても昔いった時はまだ
14歳。なんと32年ぶり。
長野新幹線もなかった頃、部活でどうやっていったのかも
もう記憶がなく。軽井沢銀座へかなり雪で凍り付いた道をいく。

バスは定期の時間しか通らないのでがんばって
歩く。。。出迎えてくれてるような楽しい雪だるま発見。
どこにはいろう・・と物色しつつ、あっ・・

みごとすべって転びました。
いやというほど、腰と手を打ち。(;_;)
でもいい写真(デジカメ)撮れた。で公開、アドレスは
http://iy.air-nifty.com/photos/suki/

他にも白糸の滝とか雪に覆われた中、
がんばったんだけどねぇ・・。ま、お友達にだけ
他のは見せよう~なんちゃって。(^^;)

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