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心理学

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2005年12月

今年もわずか・・

やっぱり最後は一年をふりかえって・・

新年から、メール相談などなど・・

がんばって返事を書いたり、人の相談にはのってきた。

ところが・・自分の事となると・・自分自身が人恋しく、かつ・・

つきあいはじめてすぐに結婚を意識する。

・・結婚にまでゴール・・したかと思ったとたん・・

ささいなすれ違いから、急下降・・

どうにもならなくなる。

年末・・ついに終わりました。

どうしてこんな事に・・

私は何を彼から学んだんだろうか。

私は自分はこれでいい・・と生きてきて、

このままじゃいけないんだ、という事をはっきり知った。

来年は、すべて自分を洗うように、今年の終わりに

身も心も浄化され、前を見据えてすすんでいこう。

来年もどうかよろしくお願いします

なんとかHPが・・

自分とこのニュースですみません。

エラー表示されなくなり、転送が

無事に出来て、

カウンセリングヒーリングルームの方のHPが出来ました。前より

ページ数もまで少なく、ちょっとものたりないというか・・

また改めて過去の症例分析などHP更新しますので

読んでみてくださいね~

ソフトエラー??

肝心なHPの方が・・

どうもトップページを変更して次のページを

削除としたら・・

カウンセリングのページとヒーリングのページが

中身が消えてしまったような状態で、

テキストなど書き直して更新するとソフトエラー・・

英文字の羅列状態・・・(;_;)

何度やってもダメなので、しばらくどうにもなりません

日記を見てからHPを御覧頂いた方、申し訳ないですー。

<(_ _)><(_ _)><(_ _)>緊急な場合はメールはちゃんと届いて

いますんで・・

眠れぬ夜に

人の心配で眠れない・・

どうしているだろうかと。

頭から面影を忘れたいと努力して、

もう思い続けるのは限界で苦しいと。

師走の忙しさの中で、雑踏の中で、

ほんとはすぐに飛んでいって何かしてあげたい、

といつまでも彼を思っている私が

まだ、そこにいる。

思う事すら拒まれたら、?・・

私のしてることってストーカー??・・・・

@nifty:NEWS@nifty:日本海側中心に再び大雪(共同通信)

リンク: @nifty:NEWS@nifty:日本海側中心に再び大雪(共同通信).

新潟では停電・・と大変なニュースです。
今日はクリスマスイブで、あこがれのホワイトクリスマス・・

ならいいな・・などとのんきなことは
いっていられなませんね・・・

「大停電の夜に」という映画を彼と見たかったのですが、
いさかいをしたまま、映画の上映期間中に仲直りのきざしもなく、

あらためて彼と私とは、考え方も何もかも違うのだ、と

違いがはっきりするばかり・・いざ、という時がきたら、

彼は誰のところへかけつけよう、とするのでしようねぇ・・

http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=5369

http://www.walkerplus.com/tokyo/latestmovie/report/report3124.html

新作心理テスト

【新作心理テスト】「2006年、運命のヒトは現れる?」
  →新しい年、新しい出会い! 生涯に一度の恋に巡り合えるのは誰?

という見出しに思わず・・クリックしたオズモール

http://www.ozmall.co.jp/entertainment/

あなたは社交的でいろんなタイプの人と友達になれる人。

ただ、ここ数年は気持ちがやや内側に向いていたかもしれません。

2006年は、心を外側に転じて、意識して人間関係を広げていきま

しょう。

というのもあなたの運命のヒトは、誰かの友人だったり、

知り合いが紹介してくれる可能性が高いからです。

2006年はネットワークを広げることで、運命の恋をゲットできそう!

***************************

うーん・・そうなのかなぁ~・・(?_?)

運命の恋は今年ゲットした・・で、結婚もした。

でも、( ̄へ ̄|||) ウーム・・暗礁にのりあげてしまったー・・

来年はどうなる、どうなるのよ、俺・・(CMじゃないが・・)

はぁ・・

むずかしいなぁ・・恋愛って。aijou_sam

今更ながらだけど。

思うようにはいきませんね。

慣れる」という言葉がこれにはあてはまらなのか、

初めての恋、初めての結婚・・じゃないのに、

新しい人、新しい出会いで、全く

違った形の恋愛・結婚です。

もうすぐクリスマス、愛を語らう恋人達もいれば、

それが最後で終わる恋もある・・・

願わくは、すべての人達に愛と勇気を。

ふられておしまい、ではなく、自分以外の「人を愛する事」

出来たのだ、という喜びで自分を満たしてあげられたらね・・

でも、しばらくはつらいよね。好きだった、でも・・

一方通行だったのか、相手も好きになってくれたと

思い込んでいたけど、違ったの?・・

自分の思いが届かない、何故、どうして?・・と

自問自答、何がいけなかったのか、どこが

間違っていたのか、どうすればよかったのか・・

いくら考えても、もうすでに起こしてしまった問題は

元に戻ってやりなおせない。

だったら、あとどうすればいいんだ。・・・

どこから、やり直しがきくのか?

自分の性格が原因で、けんか、した、

別れる寸前?・・だったら、性格を直すしかないじゃん。

でも、相手がいるから、けんかもする。

ひとりでは、怒りも何もぶつけようも何もない。

今は落胆と悲しみと後悔とそんなものばかりが心をうめる。

空が青い

空気が冷えて・・ほんとに寒くなってきたなぁ・・ 051219_103201

って感じます。見上げると真っ青な空。

ちょうど白いつぼみをつけた木の下で

青い空を撮ってみました。携帯サイズだけど・・

こんな空を

忙しい日々をおくる愛する人に届けてあげたい・・・

少しでも癒されるだろうか。

スタートライン

昨日は、フジテレビで山田孝之主演、

パラリンピック委員会推薦ヒューマンドラマ・スタートライン

http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2005/05-307.html

が放映された。熱出して、録画しておいて・・

朝方3時半に目が覚めて見た。

死を宣告されてたったひとつの取り柄の

「走る」事、オリンピック選手えの夢を断念せざるを

えない状況って知った身障者とのかかわり。

親に病気の事も隠し、延命の薬を飲みながら

アテネのパラリンピックをめざして盲目の少女のガイドで

また走る事が出来るようになった青年。

走る事そのものが彼にとって生きるということだった。

ゴールをめざすんじゃない、スタートラインにたつという事・・・

生きるということのスタートラインは「生まれる」

じゃ・・ゴールは?・・「死」

私は納得のいくゴール、死を目指したい。

早くから職業意識

051216_123101 茅ヶ崎市地域職業相談室、というのが

市民勤労会館の2階に誕生した。

ニート、働かない若者達・・と昨今は

ニュースになっているが、早くから

勤労意欲を育てる事も大切な事なのではないか、と思う。

実際に、現実にどんな求人や、職業があるのだろうか?

・・といってもなかなか直接目にする機会はないので??・・はと思う。

この勤労会館内の相談室は対象を15歳から利用出来る、

となっている。

高校にいっても・・とか、早く社会に出て働きたい、とか

いろいろな事情で早く実社会に出なくてはならない事情が出来た、

などの未成年者のために、少しでも助けになってくれれば、と思う。

そして、事情はあれど、働いて、自分の力で

また必要なスキルを社会に出たあとで、勉学出来る場もある。

さまざまな理由で中途で学業を断念せざるをえない事もあるだろう、

めげないで、が・ん・ば・れ。

Shine of space

前から I・Yホームという名前が

まるで不動産屋みたい・・と言われたり。

意味的には、旧姓の頭文字の「I」と「愛」をかけて、

今の名字の「Y」と人が「わいわい」と集う場所に

そして、自分の家庭に持つことの出来なかった、

アットホームな癒しの場所にしたい、というつもりで

開業の屋号にしたのだった。

最近はヒーリングの意味あいから、変えることにしました。

Shine of space 「シャイン オブ スペース」

宇宙の輝き

悩める人のよりどころ、癒し場として光り

輝く場所であれ、と。

どうかしら・・・

カウンセリングルームの窓から

窓は隣が見えてしまうんでs-P1010009

ほとんどが厚いカーテンでさえぎられている。

今日は相談に来られる方もいなく、部屋でパソコンに

むかっていたのだが、なにげにカーテンを開けた。

夕暮れ時で隣のまた隣の家の庭のうっそうと茂る木の間に

薄紅の夕焼け がほのかに見え隠れして、

青というか、薄水色の青みがかったような空

月が浮かんでいた。

たまには、こんな風景もいい。

画像はクリックすると拡大します。

風邪かな?

めずらしく、日曜に頭痛やらなんやらで051211_171501

ダウンです・・

仕事(クリーニング店の方)は今日は少ないと

休ませてもらいました。

昔の懐かしいビデオとか整理して見ていたら・・

こんなものが。ツェッペリンの大ファンだったのですが、

いつ買ったっけ?・・まだ開封もしてなくて、横文字

だらけで、コンサートの模様らしいけど、WBのロゴマークので。アメリカもの?・・見てみるかな・・

クリスマスイルミネーション

渋谷に昨日はでかけていった・・051208_174601

駅から道玄坂の通りにクリスマスイルミネーションが

街にあふれてる。

東急本店の角かな、ブルーの電飾をまとった

ツリー。携帯でとったのでやや白っぽくなってしまってるけど。

もうすぐクリスマス、

クリスマスって一人で過ごすのは寂しいものなんだろうか・・

離婚してひとりで全く寂しくなかった。

子供もいたから、というか、なんか男はどうでもいいというか、

そういう事は考える事もなかったのだ。

生活していくだけでいっぱい、いっぱいだった。

今は子供を育て上げてしまって、ちょっと

寂しいねぇ・・ひとりで道を歩くと、わびしさ、というのを

味わっている

戻ってこない税金

税務署のいうとおり、登記を元の持ち主、に戻す事にして

登記手続きを終えた。結局、どういう事になったかというと、

贈与は錯誤である、ということで、よって抹消。

私達姉弟のものにならなかった、とされた。

すると、去年支払った不動産所得税611,700円は?

当然返還してくれるもの、と思って県税事務所に出向いた。

贈与で土地を所得した、とみなされて支払ったお金。
それが抹消、ということで、元の持ち主になってしまったので、
当然税金も還付してもらえるものと、思い。

ところが・・

昨年のうちでしたら、返還出来たんですけど、
今年になったら出来ません

∑(ノ▼ο▼)ノ オォオォオオオ!!
きーーーーーっヾ(*`Д´*)ノ"彡☆

その場では静かに聞いてたが・・
所得税に不正がもしあった時は過去5年とかさかのぼって
調べて追徴税とかとるのに、

こちらから、訂正を申し出た時には期日をきってもう返さない
ってのか。??・・そんなもの知らなかったぞ。
国民に知らされてない、税法って山々あるんじゃないんか?・・

以前、固定資産税でも、土地りの広さが誤登記のまま、知らずに
10年も多く支払いすぎた、実測して実際にはそんな広さがない、
となって、払いすぎた過去の税金は
戻してもらえないのか?・・と聞いたら、

お返しは出ません、と言われた。
逆に、土地の広さを狭いまま登記の方にもあとでもっと広い・・
がわかっても、追徴しません、だから、返しません。

おかしくないか?・・少なく払ってた人はみのがされ、
多く払いすぎた人には戻さない・・このやりかた。

とれるところからとってやろう・・という政府のやり方なのか。

実家の跡地

子供の頃、祖父は亡くなる直前までビルが建つのを
楽しみにしていた。Harajyuku

祖父母の逝ったあと、親子でそのビルに住み。
角の西日の当たる場所が、元々はリビングルーム
だったが、一部の三畳程度の広さを
囲って私の部屋にリフォームしてもらった。

ちゃんと鍵のかかる部屋で。鍵は自分で持っていた。
家族の誰も勝手はいる事は出来ない。
鍵をかけてしまうとだけど・・

ビルは母親が暗くていやたった、という心の隙に
つけこまれた顧問税理士にだまされて、
売られてしまった。
今の所有者の方が手に入れる前にバブルで
すぐに転売され、転売のたびに値上がり。・・

買い戻したくとも全く手の届かない存在だった。
原宿によるたびに、ビルの自分が以前部屋だった
ところを眺めては残念とも悔しさともなんともいえない気持ちだった。

今、そのビルは取り壊され、結構広い空き地になり、
新しいテナントビルが造られようとしている。

絶愛・BRONZE

絶愛・・という題名にひかれて、一冊のコミックスを手に取った。
内容は・・一瞬、え?・・男が男に惚れていく?・・
しかも、友情とかそんなしろものではない、人として、
男でも女でもそなんなことは問題じゃない、ただ、惹かれて
愛し合っていく。絶望的な愛、「絶愛」だと。

二人の少年がであうべくして出会うのだが、二人とも大きな051202_034101

トラウマを子供の頃にかかえてる。

トラウマといえば・・自分の最大のトラウマというのはやはり
母親の事だったと思う。
別の家で暮らしてるから、漠然とどんな人かと
人に聞くだけ、「優しい人だよ」そっかー・・と期待する。

しかし・・祖父母が亡くなり、同居すれば、
やさしいうどころか、つらい事の連続。
・・ずっと母親から冷たくあしらわれ、というより、
私には無関心、無表情な母親を目の前にしてた。

しかも、大きくなってきいてみた。
「私がいなくなって寂しくなかった?」
「下にすぐ次が出来て寂しくなかった」と言われた。

ははは・・私は「存在を忘れられた子」だったのか・・
お母さんにとって、私というのはいないもの・・と。なってたのか。

だからか。あの他人のようなあつかいは。

ついに高校の頃、母の目の前でたばこを吸い、
しかってくれるかと相手の出方を見た。
無言・・あいもかわらず無関心。でも、「信じてるよ」とひと言。
そんなひと言に、しばられて、つっぱる事も、反抗することも
出来ず、いい子のまま、学校を卒業してしまった。

中学まで喘息で学校を休んでばかり、中3の時やっと治って、
高校で皆勤賞をとって親孝行をしようと思った、だけど、
足首の骨をおり、松葉杖だったり、39度の熱が出たり・・
でも、負けなかった。喘息に比べたら、たいしたことない、と学校にいった。

結果・・無茶をする子だ、とにらまれだけ。
皆勤賞も廃止でなくなってた・・私のした親孝行のつもりは、徒労に終わった・・

いくたびも挫折を味わった、「お母さん」とよぶことも出来ないまま。
33歳の時、元夫の暴力を訴えた、20発以上も殴られ、私は包丁で
相手を刺し殺したいとまで思い、出来ずに病院に救急車で搬送され・・
それを話すと・・「ご主人というものは仏様だと思って我慢しなさい」

・・・何も言わず、いきなり殴りつけてきた相手が仏様ですか?
そんな言葉は聞きたくなかった、母親として「かわいそうに」と言ってくれるかと・・

完全にあきらめた。この人は私の母ではないと。

今年は生まれてはじめて母から最初で最後かもしれません・の
手紙付きで誕生日プレゼントというものをもらった。

いつまでも生きているような気がしていた。そうか・・いつかは
死ぬんだね。お母さん。死ぬ前に、お母さん、とよべてよかった。
こんな人にはなりたくない、と。私が母親になったら、この人とは
反対の事をしよう、という感じで、無意識にそう育ててしまった・・

感情もなにも、そのまま子供にぶつけてしまった気がする。


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