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心理学

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絶愛・BRONZE

絶愛・・という題名にひかれて、一冊のコミックスを手に取った。
内容は・・一瞬、え?・・男が男に惚れていく?・・
しかも、友情とかそんなしろものではない、人として、
男でも女でもそなんなことは問題じゃない、ただ、惹かれて
愛し合っていく。絶望的な愛、「絶愛」だと。

二人の少年がであうべくして出会うのだが、二人とも大きな051202_034101

トラウマを子供の頃にかかえてる。

トラウマといえば・・自分の最大のトラウマというのはやはり
母親の事だったと思う。
別の家で暮らしてるから、漠然とどんな人かと
人に聞くだけ、「優しい人だよ」そっかー・・と期待する。

しかし・・祖父母が亡くなり、同居すれば、
やさしいうどころか、つらい事の連続。
・・ずっと母親から冷たくあしらわれ、というより、
私には無関心、無表情な母親を目の前にしてた。

しかも、大きくなってきいてみた。
「私がいなくなって寂しくなかった?」
「下にすぐ次が出来て寂しくなかった」と言われた。

ははは・・私は「存在を忘れられた子」だったのか・・
お母さんにとって、私というのはいないもの・・と。なってたのか。

だからか。あの他人のようなあつかいは。

ついに高校の頃、母の目の前でたばこを吸い、
しかってくれるかと相手の出方を見た。
無言・・あいもかわらず無関心。でも、「信じてるよ」とひと言。
そんなひと言に、しばられて、つっぱる事も、反抗することも
出来ず、いい子のまま、学校を卒業してしまった。

中学まで喘息で学校を休んでばかり、中3の時やっと治って、
高校で皆勤賞をとって親孝行をしようと思った、だけど、
足首の骨をおり、松葉杖だったり、39度の熱が出たり・・
でも、負けなかった。喘息に比べたら、たいしたことない、と学校にいった。

結果・・無茶をする子だ、とにらまれだけ。
皆勤賞も廃止でなくなってた・・私のした親孝行のつもりは、徒労に終わった・・

いくたびも挫折を味わった、「お母さん」とよぶことも出来ないまま。
33歳の時、元夫の暴力を訴えた、20発以上も殴られ、私は包丁で
相手を刺し殺したいとまで思い、出来ずに病院に救急車で搬送され・・
それを話すと・・「ご主人というものは仏様だと思って我慢しなさい」

・・・何も言わず、いきなり殴りつけてきた相手が仏様ですか?
そんな言葉は聞きたくなかった、母親として「かわいそうに」と言ってくれるかと・・

完全にあきらめた。この人は私の母ではないと。

今年は生まれてはじめて母から最初で最後かもしれません・の
手紙付きで誕生日プレゼントというものをもらった。

いつまでも生きているような気がしていた。そうか・・いつかは
死ぬんだね。お母さん。死ぬ前に、お母さん、とよべてよかった。
こんな人にはなりたくない、と。私が母親になったら、この人とは
反対の事をしよう、という感じで、無意識にそう育ててしまった・・

感情もなにも、そのまま子供にぶつけてしまった気がする。


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