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心理学

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2006年2月

花粉前線が・・

σ(^_^) は喘息もちでもあります・・060218_100702

小学生の頃はまだはっきりした原因は聞かされてませんでした。

それでもかかりつけの小児科の先生から体質改善の注射・・と

毎日左右両腕に1本注射を交互に90本を2回繰り返し・・

それでもどうも発作は思うように静まらず、夜中に

眠れない日が続いたものです。

中3で、移動性盲腸の手術後、突然喘息発作がおきなくなり・・

すっかり元気に。・・(*^_^*)(*^_^*)

それが、22で長女を出産した翌月(秋です)

なんかあの呼吸困難な症状が・・やな予感。再発か?

その後は専門の国立アレルギーセンターにかかり、

パッチテストをして、原因はハウスダスト、ダニ、カビ、

四番目にブタクサです。と・・そうなんです、私も杉では

ないものの、立派な花粉症、というわけで・・・

最近はストレスも加わったためか、春にまで

出てくるようになりました。これからが本番、な季節ですね。

今は予防の薬もあり、花粉対策もしてのりきろう、

と思っています

なるほどなぁ

もらったメールでちょっといい話しがあったもんで・・

知ってる人がいるかもしれませんが・・・

【縁を生かす】
その先生が五年生の担任になった時、一人、服装が不潔でだらしなく、
どうしても好きになれない少年がいた。
中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。

 ある時、少年の一年生からの記録が目に止まった。
「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。
間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思った。
二年生になると、「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。
三年生では「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」。
後半の記録には「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、
四年生になると「父親は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、
子どもに暴力をふるう」。
 先生の胸に激しい痛みが走った。ダメと決めつけていた子が突然、
深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。

先生にとって目を開かれた瞬間であった
 放課後、先生は少年に声をかけた。「先生は夕方まで教室で仕事をするから、
あなたも勉強していかない?分からないところは教えてあげるから」。
少年は初めて笑顔を見せた。
 それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。
授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。
少年は自信を持ち始めていた。

 クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。
あとで開けてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。雑然とした部屋で
独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。
「ああ、お母さんの匂い!きょうはすてきなクリスマスだ」
 六年生では先生は少年の担任ではなくなった。
卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。
「先生は僕のお母さんのようです。そして、今まで出会った中で
一番すばらしい先生でした。」
 それから六年。またカードが届いた。
「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、
とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」。
十年を経て、またカードがきた。そこには先生と出会えたことへの感謝と
父親に叩かれた体験があるから患者の痛みが分かる医者になれると記され、
こう締めくくられていた。
「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。あのままだめになってしまう僕を
救ってくださった先生を、神様のように感じます。大人になり、医者になった僕
にとって最高の先生は、五年生の時に担任してくださった先生です」
 そして一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。
「母の席に座ってください」と一行書き添えられていた。

 たった一年間の担任の先生との縁。その縁に少年は無限の光を出し、それを
拠り所として、それからの人生を生きた。ここにこの少年の素晴らしさがある。
 人は誰でも無限の縁の中に生きている。無数の縁に育まれ、人はその人生を
開花させていく。大事なのは、与えられた縁をどう生かすかである。

湘南電車

緑とオレンジのツートンでおなじみだった060215_202501

湘南色の電車・・1962年登場。

もともと沿線のみかんをイメージした・・という。

思えば、東京から、はじめて品川駅でこの

電車に乗り、当時横浜で何分か停車して、

いとこが横浜シュウマイと冷凍みかん・・を

買ってくれた。まるで遠足のようにうきうきして

小3くらいでは、はじめて乗る長距離列車だった。

今は新しい省エネ型、主に湘南新宿ライン・・に

置き換えがすすみ・・

いよいよ3月17日がラストランになる。

ありがとう、お疲れ様(*^_^*)

マンガネタ

ブラックジャックによろしく・・の13巻が出た。manga

精神科での話し・・

統合失調症(かつての精神分裂病)

何かが出来ないものか、

立場が違えどそれぞれの戦い。

父が認知症になってもう8年以上がたつ、

テレビの中と外との区別がつかなくなってきたらしい。

料理番組を見て、家にもあると思い込む・・

台所に行き、突然醤油を飲み出す、また、

突然、誰も何も言っていないのに、

「俺は何も悪い事などしていない」と怒りだし、机を両手でたたき

はじめる・・今までなかった行動がおきてきた・・・

幻聴でも聞こえるのか?・・家族はふりまわされないよう、

つとめて冷静に静観してるほかないのか・・・

え?今更ながら・・

どうも去年の暮れから体調がいまいち、風邪であったり・・

今年は物忘れがひどいし、頭痛がする、

昨日はついにめまいもするんで

東京から急遽戻って地元の病院へ・・

MRI検査の予約をしましょう・・・ということだが。

一昨年には突然喘息をおこし、

まぁ10年以上も喘息が出なくなっていたのだが

それでもまだこの病気は慣れっこで

医者が死に至る病だから・・とたばこの禁煙もちゃんとせず。

(一本くらいいいじゃん・・とあまり堪えてない・・)

しかし・・MRIの検査は何を疑われたのか、

認知症(若年アルツ?)か、

脳梗塞の一過性の記憶喪失か?

硬膜内の何かか・・・だと言う。

・・・この歳で?・・

いや、私はそんな、何か悪い事して生きてきたか?

まじめに子供を育て、仕事をこなし・・ただ、がんばって

生きてきた、だけじゃないか・・・待合室で待っている間、

突然涙が出る。まだ病気と決まったわけでもないのに。

理不尽だ、と。神様、いくら私に試練を与えりゃ気が済むんです???

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